だしのこと

「和だし」のルーツ

日本ならではの「だし文化」。

だしの取り方や使い方、もちろんしっかり覚えたいけれど、その前にちょっと解説を。だしの歴史をさかのぼってみると、これがなかなかおもしろいのだ。

日本のだし「和だし」の代表選手は、かつお節、昆布、煮干し、干ししいたけ。海外にも、欧米の「スープストック」、フランスの「フォン」「ブイヨン」、中国の「湯(タン)」などいろんなだしがあるけれど、和だしの一番の特長は「煮込まない」こと。外国のだしは基本的に、クツクツと長時間煮込むことで素材の旨味を引き出す一方、和だしはかつお節なら熱湯で1〜2分さっと煮出す、昆布やしいたけなら水出しもできる、など、素材から旨味を引き出す方法がとってもシンプルでいさぎよい。和だしの素材には、職人さんの技術と手間ひまがかけられていて、それだけの豊富な旨味がぎゅっと詰まっている、ということがよくわかる。
では、和だしのいろいろと、歴史のひもときを少々。

和だしいろいろ。

かつお節

「だし」と言えば真っ先に思い浮かべるのが、かつお節。諸説あるものの、かつおが食材として用いられるようになったのは、日本最古の書物、古事記の時代にさかのぼるらしい。もともとは日持ちのしないかつおを保存する目的で天日干ししたり、燻したりしていたものを、煮てみたら美味しかった、というシンプルなきっかけだったそうだ。
かつお節が今のような形で料理に使われるようになったのは、戦国時代から江戸時代初期のこと。日本で最初の料理本と言われる「料理物語」にも、ところどころ「だし」の使い方が紹介されているところからしても、その頃には、台所には欠かせない調味料となっていたようだ。ちなみに、現在「本枯れ節」と言われる、カビ付けをしたかつお節が登場したのは明治時代。江戸時代に由緒ある産地と言われた「熊野」「土佐」「焼津」のうち、焼津が本枯れ節の発祥ということである。

それにしても、最初にカチカチに干したかつお節を食べようと思った人はすごいと思う。表面にはカビが付いているだろうし、もちろん、そのままでは食べられないだろうし。食べることへの欲求は、本当におもしろい。

昆布

私が一番愛用している、昆布だし。なぜ、昆布だしが好きなのか・・・は、またじっくりお話するとして、昆布もかつお節と同じくらい古くから、だしとして使われた記録がある模様。
かつお節とともに、仏事や神事のお供えものとして用いられたようで、特に鎌倉時代、仏教文化が生活に入ってきて、精進料理が作られるようになった頃からは特に重宝されたそうだ。
昆布の産地と言えば当時から現在も変わらず、北海道〜東北地方だが、鎌倉中期以降には、昆布の交易船が北海道と本州の間を盛んに行き来するようになり、庶民の台所にも普及し始めたのだそう。
江戸時代になり、世の中が平和になって食生活も贅沢になると、本州でもお茶会の懐石料理や、宴席の会席料理には欠かせない食材になったらしい。そこで昆布の採取がさかんになると、昆布はさらに南へ南へと運ばれ、行き着く土地ごとに、さまざまな昆布食文化を花開かせることになる。三陸の「すき昆布」、東京の「佃煮」、北陸の「おぼろ昆布」、大阪の「塩ふき昆布」などなど・・・。

煮干し

「煮干し」は、その名の通り、小魚を塩茹でして干したもの。よく見かけるのは片口いわしを使ったものだけれど、ここは島国。少し調べるだけでも、土地ごとに本当にいろいろな煮干しがあることがわかる(詳しくはのちほど)。
日本人がいわしを食べるようになったのは、それこそ縄文時代にさかのぼるようだけれど、これがだしとして使われるようになったのは、室町時代からと言われているらしい。当時は、だしを取った煮干しもそのまま具材として食べるのがメジャーだったようだけれど、私が子どもの頃だって、そうして食べていたし、今でも煮干しを具材として食べる人っているのではないかな?
ちなみに、臭みのない新鮮な煮干しはスープのだしとしてはもちろん、具材にしても本当に美味しい。このあいだ、築地で上等の煮干しを買った時、一緒に行った娘はその場で店主から煮干しを頂いて、「おいしい、おいしい」と食べていた。

しいたけ

海に囲まれた日本で唯一、山の素材を使うだし。干ししいたけは昆布と同じく、鎌倉時代に仏教が発展した頃から、精進料理に欠かせない食材として用いられていたようだ。当時、日本産のしいたけは質、味が良いということから中国にも輸出され、高く売れていたという話もあり、中華料理との関わりも見逃せない。庶民にも広く干ししいたけのだしが広まったのは、やはり江戸時代になってからということだ。
干ししいたけは、だし汁はもちろん、戻したしいたけもそのまま料理の具材として使えてしまうところがすごいと思う。植物性の乾物だから劣化もしにくく、保存性も高い。
それにしても、江戸時代は平和な時代が約200年も続き、日本ならではの食文化も豊かに、奥深くなっていったいい時代だったようである。江戸時代のごはんを食べてみたくなる。